山菜 (さんさい) 


 「山に自生している、食用になる植物。ワラビ・ゼンマイ・フキノトウ・タラノキの芽など。」(『大辞林』)
 「山に自生する野菜。ワラビ・ゼンマイなどの類。」
(『広辞苑』) 
 漢語では、食用になる草を蔬菜(ソサイ,shūcài)と呼ぶ。その内、菜園に栽培するものを園菜(エンサイ,yuáncài)・園蔬(エンソ,yuánshū)と、山野に自生するものを野菜(ヤサイ,yĕcài)と呼んで区別する。
 日本では、江戸時代中ごろから言葉の誤用がおこり始め、漢語の園菜に当るものを野菜と呼び、漢語の野菜に当るものを山菜と呼ぶ。
 なお、漢語にいう山菜(サンサイ,shāncài)は、漢方薬「柴胡(サイコ,cháihú。
ミシマサイコなど)」の別名。
 『世界大百科事典』は、代表的な山菜として次のものを挙げる。
 (1)コゴミ クサソテツワラビゼンマイよりあくが少ない。
 (2)アケビの芽 鞍馬の木芽漬の材料の一。
 (3)タラの芽 タラノキの新芽。
 (4)ウルイ ギボウシ類の若い葉柄。干したものはヤマカンピョウ。
 (5)シオデの芽 シオデの若芽。
 (6)ミズ(ミズ属を参照) 別名はウワバミソウ・クチナワジョウゴ。
       若い茎はゆでて、根は生のままとろろ状にすりおろして食う。
 (7)とんぶり ホウキギの実。

「春さきは山菜の宝庫なので、軽井沢に住むことのありがたさを感じるのである。近くの別荘地には谷があり、底の浅い川がながれている。浅間山のまま子みたいに、旧軽井沢よりへでっかく陣取った離山の雨水が、ナイフでえぐったような一つ谷へあつまってきて、真夏とて水のきれたことがない。そこへゴム長をはいて、水芹をとりにゆく日のよろこびといったらないのだ。泥鰌すくいにつかうぐらいのザルを一つもってゆくと、くずれ岸ぞいに嫁菜、水芹が若々しい葉をかがやかせて待っている。さらにこの季節は、たらの芽、アカシアの花、わらびみょうがだけ、里芋のくき、山うどあけびのつる、よもぎこごめなど、わが家のまわりは、冬じゅう眠っていた土の声がする祭典だ。収穫したものを台所へはこんで、土をよく落し、水あらいしていると、個性のある草芽のあたたかさがわかっていじらしい気持ちがする。ひとにぎりのよもぎの若葉に、芹の葉に、涙がこぼれてくるのである。
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 あけびのつるは、庭にあったのを千切ってきたものを、灰汁でよくゆがき、水につけてあくぬきしてある。これをだし汁につけて喰うが、しょうがをそえればなかなかの風味である。
 たらの芽は天ぷらが王者だろう。ぼくは粉にわずかに砂糖をまぶしているが、からっと揚がると、おいしいけれど、甘味が多少たりないのでそうしている。甘すぎては何もならぬから、極意のかげんが肝要だ。
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 わらびはよくあくをぬいてから、油揚げと煮たりやわらかければひたしにしたりするのがいい。油揚げと煮る場合は昆布だしであまりべとべとしないように煮あげるし、ひたしの時は、胡麻をよくたたいてつぶしておいた。胡麻がよくまわっていないと、にがみが気になるからだが、この場合も、さいきん、ぼくは甘味を多少つけるようになった。辛好きの人は、そんなものは入れぬにこしたことはない。
 こごめの胡麻あえも、これと同断である。くきの固いところは捨てて、塩ゆでして、たっぷりの黒胡麻まぶしがいいだろう。わらびよりも、こごめのおいしさは、油揚げとの煮ものにも出て、この季節でないと味わえないものだ。また、味噌汁の実にもいい。
 水芹やよもぎは、精進揚げにもいいし、吸いものにうかべてもいい。味噌汁にもいい。うどと同様あえものにも適する。」
      (水上勉『土を食う日々』1978)
 


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